私が生きてこなかった人生

ためらわず踏み出してゆくわ

コテコテのBWミュージカルコメディと日生劇場ーー『ザ・ミュージック・マン』

4月19日にご贔屓の退団発表があった。そこから2日間は仕事もあったし気が張っていたのだけれど、一度週末を迎えたらあれよあれよとへばってしまって2週間。毎日眠たくって、帰宅すれば待ったなしで即就寝。GW中はチケットも新たに取ってまあまあ観劇するつもりだったのに、結局何ひとつ観に行かなかった。やったことと言えば、3年ぶりに祖父母の家へ日帰りで帰省(行き帰りはたっぷり寝た)、近隣の温泉施設で岩盤浴(もちろん寝た)ぐらいなもので、連休も睡眠に費やしたのだ。

その調子で5月はしばらくぼや〜としつつ、やっと劇場へ行ったり、友人とご飯に行ったり、3年ぶりにお茶会に行ったり、始発でDIOR展の当日券に並んだり、6月に向けてエンジンが掛かってきた今日この頃である。

 

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GW前、最後の観劇は4月27日。日生劇場で『ザ・ミュージックマン』を観た。感想もツイートしようと思ってメモしたまま帰りの電車で寝たからお蔵入り。iPhoneのメモ帳に、ほぼ140字ごとのブロックが5コ並んでいる。そんな手癖からしてツイ廃なのに、睡魔の2週間はTwitterすら開かなかった。けれどせっかくの面白かった作品なので、ここに書き残しておく。

ちょうど1つ前にもツイートできなかったいろいろをまとめたブログを出していたので、良かったらこちらも読んでくださいね。

fumi7july.hatenablog.com

 

 

 

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日生劇場 ミュージカル『ザ・ミュージック・マン』

『ザ・ミュージックマン』。1957年初演のトニー賞受賞作品。超ド正統派なBWミュージカルコメディでとても良かった。

主役のハロルドを演じるのは、元V6の坂本昌行さん。アイドル出身のミュージカル俳優といえば、まず名前が挙がる第一人者であろう。私は今回ようやく舞台姿を拝見したのだけれど、正直本当に驚いた。手放しにめちゃくちゃうっまい。何より素晴らしいのは、日本人でこんなにも喋りと歌とが地続きな俳優なんて存在するのか……と驚嘆する完璧なミュージカルの発声が身についていること。主役級こそ声楽出身とか四季出身の俳優がメジャーな日本において、あまりお目にかかれない希少なタイプだ。

セリフから移行するように始まる"Ya Got Trouble"で歌い出したときには歌っているのか、喋っているのか、どこにも境目がなくナチュラルでびっくりしてしばらくポカーンだった。あの出だしだけでこりゃ日本を代表する指折りのミュージカル俳優ですわ……とビリビリに痺れる。踊っても動いてもずっと同じポジションで喋れて歌えて、均等にすべての音がハリのあるまま飛んでくるスキルは素晴らしい俳優が持ち得るものだし、曲者だろうが軽やかで憎めない爽やかなチャーミングさにはジーン・ケリーが思い浮かぶ。まさに往年のミュージカルスターを彷彿とさせる存在感と華があった。

 

ヒロインのマリアンは、花乃まりあちゃん。花乃てゃもクラシカルな佇まいがとても似合うとともに、1幕で散々ハロルドに振り回されたマリアンが自ら動き出す2幕に至っては、さすがのコメディエンヌっぷりに良すぎてちょっと泣いた。宝塚時代から突拍子もないことをしでかしてしまう女の子を演ると、イキイキしててコミカルで面白くって切なくってとてつもなくキュートだと思っている。

直近で同じマリアン演じたのが日本だと彩乃かなみさんで、BWはサットン・フォスターらしく、つまりは揃って『ミー・アンド・マイガール』のサリー役者たちなのだ! 花乃てゃのマリアンは母親役の剣幸さんとの相性もやたら良くてギュンと来てしまう一因だったのだけれど、剣さんもミーマイ日本初演のビルというスーパーレジェンドなのだからそういうことなのだろう。

六角精児さんと森公美子さん演じる町長夫妻や、藤岡正明さん演じるハロルドを貶めたい真っ当なセールスマンも絶対に欠かせないこのコメディの精鋭たちだ。


セールスマンのふりをした詐欺師のヒーローがアイオワの田舎町にやってきて、図書館司書のお堅いヒロインをはじめそこに住む人々を端から端まで引っ掻き回し、最後にはまるっとハッピーエンドになる。まさにミュージカルコメディの典型のようなストーリー。舞台が田舎町なのであまり派手さはないし、目新しさもないけれど、『ガイズ・アンド・ドールズ』や『パジャマゲーム』などの50年代のブロードウェイを代表するラブコメディに心底ときめき狂わされてきた人間には実家のようにホッとできる安心感がある。

しかもあの頃の同様の作品と比べたら、ヒーローとヒロインの心が通い合う理由や、最後にハロルドが町の人々から許される理由まできちんと描き切っているところもポイントが高い。

ハロルドが本当はありもしない音楽隊を作ると嘯いて少年少女たちの親に楽器を買わせるのだけれど、その結果、父親の死後ずっと塞ぎ込んでいたマリアンの幼い弟が元気を取り戻すことになり、マリアンは自分が怪しいと疑っていたハロルドの本質に気づくこととなる。この1幕終わりで、ハロルドの嘘がバレてしまう本の1ページをマリアンが咄嗟に切り取る描写なんて、危うくひえ〜〜〜!!!! と叫ぶところだった。50年代前半の目線で見たら、やだもうめっちゃ進化してるじゃんと大絶賛だろう。

物語のラストもハロルドを断罪しようとする町長の傍ら、マリアンに後押しされた彼の指揮で(ほとんどまともな練習していないのだから当然)下手くそな合奏をする子どもたちを観て、「まあ、うちの子が楽器を演奏しているわ……!」と涙ぐむ親たちの姿で幕が切れる。これも日本人が置いてきぼりにならない情に訴える大円団ですごいもんだと思った。

コメディミュージカルあるある「ラストで無理やり風呂敷を畳んでいる感」が限りなく無理せずにない。ガイズでいう救世軍のように、文化圏の違いで初めて観るとすんなり理解が追いつかないこともあるけれど、情だけは少なくとも万国共通で、共感しつつ絆されてしまうのだから憎いオチだ。

 

芝居に寄り添ったミュージカルナンバーの作りがひしひしと感じられるところも、ある種お手本のような作品だった。別々のナンバーを同時に2箇所で歌って組み合わせたり、同じ旋律から別の2曲としてハロルドが歌うこの作品のテーマ曲"Seventy-six Trombones"と、マリアンのソロ"Goodnight, My Someone"が生み出されていたり、ナンバーのあるミュージカルの特性を存分に活かしているのもとても良い。

 

久々にあ〜〜〜これだよ! BWミュージカルで観たいやつはこれ!! と、どきどきできる作品であった。日本だとどうしても悲劇的な作品の方が人気だと言われる中、改めて底抜けにカラッとした明るさは私たちの持ち得ないアメリカらしさだわと距離を感じた所も正直ある。でもそういう古典的なミュージカルコメディが私は大好きだし、似合うスターがやればこそよりひとつの演劇の型として意味を成すと思うのです。これからもたくさん観たいなぁ。近いところだとKAATで上演している『クレイジー・フォー・ユー』も観ないと!

 

さて最後に余談ですが、2023年の日生劇場で観たミュージカルは『バンズ・ヴィジット』『太平洋序曲』『ザ・ミュージック・マン』とものすごく当たりが続いているように思っています。つい先日千秋楽を迎えた『エリザベス・アーデンvs.ヘレナ・ルビンスタイン』、そのあとも『ラグタイム』、坂本さん主演の『キャメロット』と揃って気になるラインナップだからすごい。

そして今日新たに発表となったのは、2019年のトニー賞授賞式からずーっと上演を楽しみにしていた『トッツィー』。ネオンがピカピカしたバックステージもののコメディなんて、絶対好きに決まってるからもう待ち遠しい!!

日生にはちょっとした思い入れがあり、訪れるたびに「私の大好きなご贔屓はこんなにも立派な劇場で、入団3年目にして、ヒロインの敵役をやりきったんだもんなぁ」と思い返してはジワ〜っと熱いのです。あの有沙瞳という役者の名が轟いた2014年の『伯爵令嬢』を私は生で観られていないけれど、いつかまたみほちゃんが日生の舞台に立つ日もやって来るんだろうなあ。