私が生きてこなかった人生

ためらわず踏み出してゆくわ

親愛なる私たちのアーサー王へ

忘れられない瞬間がある。新しい時代の幕開きに、王となる意味を教えてくれた人。「トップスターになる」ということの全てを教えてくれた人。珠城りょうさんは私にとって、特別なタカラジェンヌだった。

5年前の8月、早朝から月組大劇場公演『NOBUNAGA』の当日券に並ぶ。シャンテとレムの切れ目から覗いた焦げ付くような太陽を避けたくて、日傘の向きをコロコロ変えては友人と暑さに耐えた。無事にチケットを購入し、ロビーに入ると目にしたのは次期トップお披露目公演『アーサー王伝説』のチケット販売カウンター。まさかの出会いに運命を感じた私たちは、慌てて幕間休憩に劇場を飛び出して今はなきシャンテの三井住友(現在のティムホーワン)で現金を下ろし、またもや無事にチケットを手にした。これが伝説の序章である。

浮き足立つような文京シビックホールのロビー。宝塚が好きになって約1年、新しいトップさんが生まれる独特の空気を感じるのは初めてで、月組初心者にも関わらず異様にドキドキした。

そして、幕開き。登場した瞬間のまばゆい光、期待も心配も全てをねじ伏せる圧倒的な力。それこそアーサー王がお披露目公演として用意された訳がほんの一瞬で理解させられた。珠城りょうは、臣民のための王として新しい月組を治めたのである。弱きを助け、強きを挫き、自らを裏切った者の罪をも許す。エクスカリバーはずっと彼女が現れるのを待ちわびていたとさえ思う。珠城さんだから選ばれたのだ。己の力を誰かのために使い、自らは宿命を背負う王の覚悟を前にして、私もこの人の作る国の栄光が見たいと思った。

それから、『グランドホテル』『カルーセル輪舞曲』『All for One』『カンパニー』『BADDY』『エリザベート』。『BADDY』のときには初めてお茶会にもお邪魔した。舞台の上では誰よりも強く逞しく優しい存在だが、屈託なく笑う姿はダイキンのCMで見るよりももう少し幼い綺麗なお姉さん"みきちゃん"だった。

別箱にもたくさんの思い出がある。『雨に唄えば』『ON THE TOWN』『赤と黒』『幽霊刑事』。とりわけOTTは東京・梅田の役替わりで生まれた3パターンすべてが、幸せとほんの少しの寂しさ以外頭からすっぽりと抜けるように楽しくて大好きだった。『赤と黒』も公演が中止になる直前、あのイベント自粛のメッセージが出た2020年2月26日当日に観ていた。『幽霊刑事』はプレさよならにも関わらず、まさか友の会がお友達になってくれるとは……。アーサー王のチケットを手にしたあの日から、見えない糸で繋がれるようにたま様を観ている。そして明日、最後の結び目を紡ぐ時が来た。

私は珠城りょうのいる月組しか知らない。真咲さんを観た最初で最後の公演があの『NOBUNAGA』だったことを考えると、たま様が真ん中にいる月組しかほとんど知らない。それがどれだけ無条件に安心できたことか、信頼できたことか、骨の髄まで染みるように感じている。偉大なる王が溢れんばかりの愛で国を導き、重い責任を担う横で、多くの頼もしい臣下が育った。次は王を継承する番である。

たま様が大好き。たま様のいる月組が大好き。長い時間を共にしたちゃぴに向ける安心したような微笑みも、手塩にかけて育てたさくらへの信頼を感じる目配せも大好きだった。珠城さんが大階段の真ん中に立つ震えるような瞬間は、もうあと一日で二度と観られなくなる。どうか最後まで無事に全うされますように。そして、今までに手にした孤独も優しさも勇気も、珠城さんの背中を次の世界にそっと押してくれますように。今日はそんな祈りを込めて客席に座った。拍手も涙も全部祈り。どうかずっと幸せで、これからも幸せでいて欲しいと願う。

大切な人の花道に。愛を込めて。

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