私が生きてこなかった人生

ためらわず踏み出してゆくわ

続・ODYSSEY好きすぎて無理

人間は幸せなときの方が泣けると思う。悲しいときには奥歯や唇を噛み締めて耐えられようとも、嬉しくて楽しくて眩しくて切なくて、胸がギュッといっぱいになると涙は所構わず出てくる。そういう幸福がさまざまに彩られて詰まった作品の話をしたい。雪組公演『ODYSSEY』のことだ。

 

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雪組公演 『ODYSSEY(オデッセイ)-The Age of Discovery-』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

先日感想を書いたところ第1幕で字数がパンパンになってしまい、千秋楽を終えていよいよ2幕を手掛けようといったところ。最終出航を終えた大好きなODYSSEY号へありったけの愛を贈りたい。1幕のあらすじは下のリンクから飛んでください。

 

fumi7july.hatenablog.com

 

ACT 2  「彩風(Colors of the Wind)」
 

第1章 TRICOLORE WIND Ⅰ (ITALY)
ACT2 PROLOGUE

マーメイドの御御足特別開帳

1幕では「海風」をテーマに7つの海を渡った幻の海賊船・ODYSSEY号。船長ブルームを演じる我らが雪組トップスター・彩風咲奈さん(以下、咲ちゃん)の芸名まま、2幕は「彩風」がテーマに航海が続く。

この「彩風」を体現した名曲があるのをご存知だろうか。こちらも直訳そのままに『ポカホンタス』の劇中歌「Colors of the Wind」だ。満月が浮かぶ中、海の女神ティティスがこのテーマを歌い、歌声に耳を傾けるのは月の女神セレネ。色を生み出すように自らキラキラと光り舞うきわちゃん(朝月希和さん)のセレネは、目の表情や動きがディズニーキャラクターさながら大変愛らしく、休憩後の私たちを夢の旅路に連れ戻してくれる。ここからいよいよ本舞台の幕開けだ。

 

最初にODYSSEY号が到着したのは、トリコロールの風が吹くイタリア。海にも燦々と降り注ぐ日差しの元、咲ちゃんを筆頭にカンツォーネ・メドレーが歌い継がれる。もちろんここでも1幕と同じように咲ちゃんはあくまでブルームとして、かつ"カンツォーネの男S"としての存在だ。

『ODYSSEY』の1幕はミュージカルやバレエに寄ったダンスショーケースだった一方、2幕は宝塚らしいレビューがメインの形式。この場面でもいわゆるスターの歌い継ぎが楽しめるが、安心するのはまだ早い。

太陽神アポロンを演じるあーさちゃん(朝美絢さん)まで一通り歌ってくれたなぁと油断したのも束の間。舞台奥から煌びやかな音色とともに登場するのは、咲ちゃん演じる"マーメイドの美女S"。"マーメイドの美女(!?)S"である。驚くべきは衝撃の女装だけに飽き足らず、こちらのマーメイドはツッコミどころがめちゃくちゃ多い。まずあれだけ設定にこだわっていたのに彼女はブルームではない。次に女声ではなくて、男役の声のまま歌う。極め付けは脚が生えているのである。マーメイドなのに!?!?

タカラジェンヌの中でもとりわけ長〜〜〜い御御足を持った咲ちゃんだけれど、まさかトップさんになってから拝むことができるとは……。というか3番手時代から知ってるのに、ダルマに網タイツは初体験。しかも脚が生えてくれて嬉しい♡とばかりに、そこかしことウォーキングして筋肉美を惜しみなく披露してくれる。マジで何の時間だ。禁断ともいえるトップスターの生脚拝観タイムなのに、キャー! とか、ヒャー! より「ありがたいからオペラグラスで観なきゃ(合掌)」という気持ちが勝る。例えるなら国宝に指定された仏像とか、普段はお目にかかれない大層珍しいものが公開されて後光の眩しさに慄いてるみたいな。爆弾級のインパクトに対して、なぜか終演後にはありがたがっていた自分の気持ちしか思い出せないのも幻の存在っぽくて良い。1幕前半でいきなり大本命のニューヨークがやって来たのと同様に、作・演出を手掛ける野口先生の采配には手も足も出ないほど完敗である。

 

第2章 PURPLE WIND (VIENNA)

月の下、夢のプリンセスKIWAと密会

所は変わり、訪れるのはすみれ色の風が吹くオーストリア ・ウィーン! 希良々うみちゃん、有栖妃華ちゃん、音色唯ちゃん(Aパターンではティティスを演じていたため、代わりに白綺華ちゃん)の3名からなる"ウィーンの淑女"たちが羽扇を片手に歌い、そこが夢の街であることを紹介してくれればメルヘン一色の世界に到着だ。

幕が開き現れるのは、ブルームが扮する"ウィーンの紳士S"。タカラヅカらしい白軍服の王子様である。抜群のスタイルを誇っているにも関わらず意外にもめったにない咲ちゃんの王子様ムーブをまともに食らい、マーメイドの記憶は早くも吹っ飛んだ同然。王子が歌い、期待がパンパンに膨らんだ曲終わりに、とうとう彼の最愛の女(ひと)が登場する。

その名はもちろん、セレネが扮する"ウィーンの淑女S"ことプリンセスKIWA〜〜〜!!!!! もう可愛すぎてスポットが当たった瞬間から目が潰れる。キケン。可愛いって罪。トップ娘役としてここまで夢々しくお姫様を体現したきわちゃんは初めてで、激しい胸の高鳴りが止まらない。ファンとしても嬉しくて仕方がないやつである。しかも着ているふわふわキラキラなドレスは、私の初恋プリンセッサこと妃海風さん(以下、ふうちゃん)のために作られた『LOVE & DREAM』でのお衣装だ。

実は先ほどのカンツォーネ・メドレーでも、きわちゃんはふうちゃんの『THE ENTERTAINER!』でのお衣装を着てくれている。お二人ともおめめがぱちぱちできゅるきゅるでまあるくてキュンとするのが大好きな私。2着連続でプリンセッサヒナミ=プリンセスKIWAは運命としか言いようがない。かわいい。大好き。かわいい。

そのまま展開されるデュエットダンスは、舞踏会の夜に花が咲き香る中庭で恋人が密会しているような場面。ウィーンの紳士と淑女、互いに惹かれ合うブルームとセレネ、そして咲ちゃんときわちゃんのコンビのまでもなぞる3つの入れ子構造なのだ。2人だけで愛を確かめ、幸せそうに踊っているのを観るとうっとりしたため息しか出てこない。どのカップルとしても冗談じゃないほどにロマンティック。ラブとハピネスを噛み締めてはときめく、ウィーンの夢である。

 

第3章 RED & WHITE WIND (JAPAN)

令和アイドルの天下獲ったるわ(ガチ)

さて、続いては赤と白の風、日の丸は日本に到着である。すこぶる景気の良い「お祭りマンボ」を熱唱してくれるのは、専科の歌姫・美穂圭子様。こぶしの効いたハイパーファビュラスな歌声をバックに、しっぽりと小粋な上級生の芸を見せつけてくれるりーしゃさん(透真かずきさん)とあんこさん(杏野このみさん)。桜路くん(桜路薫さん)を筆頭にチャキチャキ陽気な火消しさんたちも素敵だ。美穂姉さんから繰り出される桁違いのパワーに圧倒されたまま大拍手で曲終わりを迎え、演歌歌手さながらの口パクありがとうございましたまで楽しませてもらえるのが嬉しい。

話は逸れるが「航海」という全体は繋がっているものの、一場面ごとに全く違うテーマで展開されるショーにおいて「今度はこんな場所に着きましたよ!」と教えてくれる親切な場面展開が上手すぎやしないか。美穂圭子様が「お祭りマンボ」を歌ったのなら、突然のウィーンから日本でも置いていかれないどころかブチ上がらずにはいられないのである。幕前の時点でこんなに盛り上げておいて、一体何が始まってしまうのか。答えは野口先生お得意のアイドル場面だ。

彼らのグループ名は「雪祭男子」またの名を「SNOW FESTIVAL BOYS」通称「SFB」である。宝塚の演出家陣きってのアイドルオタクとしても有名な野口先生。命名の段階で常軌を逸したこだわりを感じるが、たぶん「BTS」またの名を「防弾少年団」通称「バンタン」をやりたかったんじゃないかと勝手に思っている。ゆーり、りあん……とひらがなの可愛いお名前がついた彼らにはメンバーカラーがあり、ひとりひとりキッチリカッチリとアイドルキャラが出来上がっているのだから尚更めちゃくちゃ推したい。CDのリリース告知を見る。バラエティ番組にゲスト出演している。そういったアイドルとして活動している姿まで容易に想像できるリアル度合いなのだ。

さて向こうがアイドルならこちらはドルオタですから、幕が上がり始めた途端に推しメンへオペラを定める。足が見える。いわゆるヤンキー座り、もといソーラン節の体勢でズバ抜けてオラオラしているのが私の推し。るいくん。メンカラは黄色。ブルームたちのように公式設定ではないが、前世の記憶はきっと桃姫。そう、1幕では「ロンハンモン」にてあーさちゃんと組んでいたまのみ(眞ノ宮るいくん)だ。長ランに金髪リーゼントが似合いすぎていてこれまた面白く、お腹が捩れそうになるほど持ち味が活きている。リズムがスパンスパンと気持ちよくハマる踊り方も、「セイヤッ!」の掛け声や表情がメラメラ熱っぽく星組ファンに超モテそうなのも、舞台上でのいつものイメージそのもの。今いきなりアイドルに転向しても信じられないほど人気が沸騰して絶対に天下獲れるよ、るいくん。

そして場面後半から眠気も瞬時に目覚めるようなライトに照らされて登場するのは、アポロン扮するじゅん。メンカラは赤。お待ちかねの人気No.1センターである。

雪祭男子の楽曲は現役で人力車を引く俥夫ボーカルユニット・東京力車さんから「天下御免の伊達男」「唯我独尊SOUL」の2曲をお借りしており、じゅんの登場は2曲目から。ご本家は疾走感があり爽やかな一方、アイドルとして欠かせない勢いとテンポ感を加えるアレンジの結果、雪祭男子は燃やしたるぞというガッツが桁違いになった。さすがセンターが灼熱の太陽神なだけある。楽しいあまりコールを叫びたい衝動にも終始駆られっぱなしだ。次のライブこそは「熱い血潮がワッショイ!! ワッショイ!!」しような!!!!!

 

第4章 YELLOW WIND (BRAZIL)

手繋ぎさききわちゃんにキュン死♡

続いては黄色の風が吹くブラジルに到着。「エストレリータ」でむっとした熱気を味わわせてくれるのは、昭和のアイドルのような歌い方が癖になるあすくん(久城あすさん)の"リオの美女"だ。

先ほどの日本とは質の異なる暑さに包まれる中、さすが赤道直下とも言える後光を背中に現れるのはやはり咲ちゃんのブルーム!!!!! 真っ黒にギラギラしたラテンのお衣装に目を奪われれば、かろうじて残っていたマーメイドの記憶がすっ飛ぶ。歩くだけでゾクゾクくる凄みも、咲ちゃん特有の三白眼や近年のワイルドお色気路線パワーが遺憾なく発揮されているからだろう。さぞお相手にも期待してしまうが、裏切らないのがさききわ強火カプ厨でもある野口くんだ。

「♪そよ風に身を委ね〜君を想う〜」の歌詞で始まる「The Breeze and I」を歌い、いきなりトップコンビファンにアッパーをかまして登場するのは、パイナップルのダルマに身を包んだきわちゃんセレネ!!! 咲ちゃんのダルマよりずっとちいさくて可愛いのに、腰位置が高すぎるゆえ、やはり胴体と脚のバランスがバグっている。目も表情もお衣装もすべてがキラキラでフレッシュでみずみずしく、「セクシーなの? キュートなの?」のフレーズが世界一似合うのだ!!

語弊があるかもしれないが、私はさききわちゃんの"野生動物のつがい感"がたまらなく好きである。オスの頂点に君臨した咲ちゃんと、メスの頂点を体現したきわちゃんが並ぶと、『ライオン・キング』みたいな気持ちにならないだろうか。シンバとナラが可愛くじゃれてるのを観て、キュンとするときのアレ。『Fire Fever!』のプロローグも、同じくつがい感が大好きだった。

ただしこの場面の2人にはぴたっと寄り添えない隔たりがある。ラテンショーらしくどちらともが背中に背負った羽根だ。このボリュームで近づけない代わりに、双方が腕を伸ばした形での手繋ぎが発生。さききわちゃんといえば以前より親交と信頼があるせいか、プレお披露目からびっくりするような距離の近さを見せつけてきたコンビだ。それなのに今さら手繋ぎでキュンキュンするなんて。そんな……。「さききわちゃんはベタベタしてくれないとやだ」という固定観念が塗り替えられた、名シーン誕生の瞬間であった。しかも咲ちゃんの方が下手に出るので、上目遣いできわちゃんに目を合わせてくるの本当に好き。羽根の起こしたミラクルシチュエーションに感謝。

 

第5章 TRICOLORE WIND Ⅱ (FRANCE)

俺と咲奈の名作ジェラール・フィリップ劇場

続いてはトリコロールの風Ⅱ、フランスに到着。懐かしさを漂わせる映画風の映像にアコーディオンの曲が流れ、縣千くん(以下、あがち)演じるルミエールが歌い出す。自身の信奉するフランス映画の名優ジェラール・フィリップの生涯を、彼の出演作とともに辿ろうという場面だ。通しでジェラール・フィリップを演ずるのは、もちろん咲ちゃんである。ショーらしい場面が続いた中、突然お芝居がきたかとびっくりするものの、一章分とは思えない内容の詰まった神構成の連続なのだ。

まず最初の映画は『花咲ける騎士道』。ファンファン・ラ・チューリップという愛らしいにも程がある異名を持ったプレイボーイの騎士が主役だ。映画としての撮影が始まる直前から場面がスタートするため、囲まれたスタッフに甲斐甲斐しくお世話をされる姿と、いざカメラが回り出すとキラッキラに弾けて演じる姿、両方のジェラール・フィリップが楽しめる。しかも白のブラウスに黒の細身のパンツ、金色の短髪というシンプルなスタイリングでこそ際立つ咲ちゃんの美青年っぷりよ! オペラで吸い込まれるように観ていると時々あがちルミエールも惚けた顔で映り込むのだが、ジェラールを見て虜になっている表情もとても良い。

次の映画は『悪魔の美しさ』。年老いた研究者がメフィストフェレスとの悪魔の契約によって、失われた若さや美貌、快楽を手に入れるストーリー。明らかにこの世のものではないではない高笑いから登場するメフィストフェレスをあーさちゃんが演じ、咲ちゃんジェラールとのお耽美な場面が繰り広げられる。おそらく2分もない一幕だろうに物語の面白さにグイグイと引き込まれ、取り憑かれるかのように見入ってしまうこと間違いなし。

まだ観たいのにと後ろ髪を引かれながらの3作目は、宝塚でもお馴染みの『赤と黒』。主人公ジュリアン・ソレルを咲ちゃんジェラール、レナール夫人をきわちゃんが、令嬢マチルドを野々花ひまりちゃんが演ずる。希良々うみちゃんの歌うカゲコーラスが物語を先導するため、3人は言葉を発さず踊るのみなのだが、芝居としての完成度が本当に素晴らしいの一言……。1幕のカルメンとはまた違った愛憎劇が、再び踊りによって1つの完成形として提示されるとは。興奮でどうにもならない。めちゃくちゃさききわちゃんのドロドロ芝居観たいじゃん。でも観られないのが決まっているから、こうして少しの時間だろうが濃密にギュッと詰めた場面として観せてくれるのが本当に嬉しいし感謝しかない。というか、ショーを楽しみに来ているのに出演者のお芝居に目が行き、好きになるってすごくないか!? 野口ショーの新しい可能性と、咲ちゃんを中心とした"ダンスの雪組"による芝居の底力に強烈な感動を覚えつつ、いよいよ最後の映画へと移る。

ラストを飾るのは『モンパルナスの灯』。ジェラール演じる画家・モディリアーニと、彼を支える美術学校の同級生・ジャンヌが主役だ。舞台奥から登場するジャンヌは、白いワンピースに編み込んだロングの金髪。純真という言葉が似合う女性であると一目で分かる。きわちゃんでもひまりちゃんでもないことが確定している今、どの娘役ちゃんが彼女を演じているのか。何も知らないままオペラグラスを向けた初日、私はてっきり希良々うみちゃんかなと思ったのだ。しかし人生には番狂わせの方が多い。覗くとそこにいるのはまのみ。あの眞ノ宮るいくんである。言うまでもなくオラオラなど微塵もしていないし、ラブリー桃姫でさえ比べものにならない自然な女役っぷり。咲ちゃんと共になめらかに舞い、モディリアーニの画家人生を優しく導く。そして完成した彼の絵を見せられた瞬間、ジャンヌは満遍の笑みで驚き、花も咲き誇るように微笑むのだ。これが心臓が持たないほどに可愛いので、毎公演、少女マンガのごとく恋に落ち、世界がピンク色のフィルターで輝き出してしまう瞬間を体感した。いやまのみ、どんだけ面白い舞台人なんだ……。一体いくつの顔を持っているのか摩訶不思議。文章の都合上端折ってしまったがブラジルの場面ラストではソロ曲を担っており、こちらではショースターぷりにも目を奪われる。

さて、話は戻り、苦難の末ようやくモディリアーニの絵は出来上がった。しかし彼は世間に評価をされないまま36歳で生涯を閉じ、ジェラール・フィリップ自身も同じく36歳で命を落とす。彼の儚くも眩しい人生の輝きが歌われ、映画4作を模倣した場面で辿る一大スペクタクルは幕を閉じた。

けれどもう一つ。思い出さなければならない第5の作品がある。『パルムの僧院』。2014年に咲ちゃんが初単独主演を務めたバウ公演で、演出は野口先生。原作映画で主人公を演じたのは、若かれし頃のジェラール・フィリップだ。『ODYSSEY』公演期間の先日、たまたまスカイステージで放送されているのを観たのだが、どう考えてもあれは偶然などではないだろう。野口先生の確信犯で、何も言わないくせにさらっと積年の野望を実現して、生徒への愛を作品に託す。ずるい。カッコいいではないか。彩風咲奈こそがジェラール・フィリップだと未だに思い続けていて、続編を作りたかった。そう大声で言ってくれればいいものを。形式上謙っているのは分かるが自信満々の名作で感動させておいて、「拙作」とか二度と言わないでほしい。「私が編み出した傑作です」と堂々とドヤ顔でいてくれれば何よりだ。

 

第6章 SILVER WIND (CARIBBEAN)
ー THE AGE OF DISCOVERY ー

オデってつまり人類のかがやき

ジェラール・フィリップの壮大な人生に浸ったのも束の間、セレネとアポロンの歌声に誘われたODYSSEY号が到着するのは銀色の風が吹くカリブ諸島。船が甦った最初の土地に戻ってきた。2幕も後半戦にして初めて登場する海賊姿のブルーム船長も、いつものお衣装からお色直ししてシルバーの一丁羅だ。風に乗ってオレンジの花と潮の香りがするブルームの故郷は、咲ちゃんの出身地・愛媛も彷彿とさせる。

ここはいわゆる総踊りの場面。ブルームを中心に海賊の組子たちが歌い踊り、同じくシルバーのお衣装に変身したセレネとアポロンも輪の中に入っていくが、海賊たちには2人の姿は見えてはいない。今再びのオタクウキウキ設定だ。久しぶりに戻った故郷に、ブルームはこれまで旅してきた土地とそこにいた人々に想いを馳せる。彼らの命の輝きが歌われる中、カリブの海に朝日が登っていく様の美しいこと!! ここでの歌詞は野口先生の大劇場デビュー作であり、私の初恋男役・北翔海莉さん(以下、みちこさん)がトップスターであった星組ショー『THE ENTERTAINER!』の「天翔ける翼」を思い出さずにはいられない。

 

だからこそ 私は

愛しいあなたのために

力の限り 踊り続け

声の限り 歌い続け

命の限り この道を進もう

美しい海へと 続くこの道を

 

「Caribbean Sunrise」『ODYSSEY』

 

愛しいあなたのために私たちは

舞台という花束を贈ろう

眩しいライトを浴びて

声の限り 歌い続け

力の限り 踊り続け

命の限り 光り輝こう

 

「FOREVER ENTERTAINER-天翔ける翼-」『THE ENTERTAINER!』

 

『THE ENTERTAINER!』での歌われるのは、舞台芸術とそれを愛する人々への讃歌だ。みちこさん扮するミッチェルとタカラジェンヌのみちこさん自身が究極のエンターテイナーを目指してあらゆるスキルを磨き、名実ともに一番星になるまでを重ね合わせて描いたストーリーの最後を飾る場面である。

これと対比するのであれば、『ODYSSEY』で歌われるのは人間そのものへの讃歌であろう。誰かを愛したり、憎んだりするの同じように、人は歌って踊って心を通い合わせる。自分を表現する人間の根源的な欲求として、歌や踊りは存在するのだ。

太古の昔から通じる普遍的なテーマなのに、私が知る限りの宝塚で一番、咲ちゃんの雪組に似合う。心が動くから演じる、踊る、歌う。そのときに生まれる輝きの眩しさに、私たちは目を細めて泣く、笑う、感動する。ああ、人間って面白いなあと思う。そういう何よりも本質的な喜びがこの場面には詰まっているのだ。

セレネとアポロンに誘われるように船首へ移動したブルームは、船員たち一人一人の命がキラキラと輝くのを見つめ、見えてはいないはずの2人とも手を取り想いを通じ合わせる。咲ちゃんの雪組だからこそ叶い、咲ちゃんの雪組でなけれは絶対に絶対に存在しなかったであろう場面だ。希望の朝を迎えたODYSSEY号は、新たな旅立ちと称して最後の土地へと向かう。

 

第7章 GOLD WIND (TAKARAZUKA)
ー ACT2 FINAL ー

切ないも幸せも苦しいも、内包してこそ美しく咲く

ODYSSEY号の長い航海の果て、辿り着くのは金色の風が吹く誰もの憧れでありふるさと・宝塚だ。幕開きと共に真っ白なお衣装に身を包んだティティス様が登場。「宝塚我が心の故郷」をたっぷりと歌い上げてくれる。観劇の際、美穂さんは一度でなく何公演か涙ぐみながら歌われていたことが印象に残っている。宝塚では『ODYSSEY』以外の全公演が止まってしまっていた中、この曲で劇団を背負うことにどれほどの想いを持っていらっしゃるのか痛いほどに伝わってくるようだった。

美穂さんの幕引きとともに、今度は明るく大らかな宝塚メドレーに突入。男役は燕尾、娘役はシンプルな白のドレス。そしてシルクハットとケーン、羽扇。クラシカルで華やかな空間に包まれスターたちの歌い継ぎを観ていると、日々の何もかもを忘れ、今この瞬間を楽しませてくれるパワーをひしひしと感じる。もちろん宝塚だって夢だけの世界ではない。

激しい雨が降ってきても

冷たい雨に負けないで

今日も明日も歩むのだ

足踏みしめて 弛まずに

この道は この道は

茨の道でも

この道は この道は

幸せの道よ

 

「パレード・タカラヅカ

ブルーム、セレネ、アポロンタカラジェンヌに扮する「パレード・タカラヅカ」の一節。彼らはパァッと輝くような笑顔で歌い、励まし、勇気づけてくれるけれど、美しさは何より強さの上で成り立つものじゃないか。ひたむきで堅実な泥臭さ。実は何よりも宝塚を観ると元気が湧いてくる根源なのかもしれない。

宝塚の様式美にのっとれば、最後を締めるのはもちろんデュエットダンスだ。ハットを外したブルームとセレネ、もとい咲ちゃんときわちゃんによる2人だけの世界。あーさちゃんの歌う「Colors of the Wind」で舞う姿はどこまでも清く安らぐようなひとときなのに、切なくて幸せで、やっぱり苦しくて。胸がどうしようもなく締め付けられるのは、自分より大切な誰かの限りある未来を案じて、幸せを願ってしまうからだ。できることならずっとこの瞬間が続いてほしかった。ずっとずっと肩を預けあって、どんなに悲しみが訪れようとも互いの支えを糧に、道を切り開いて進んでいける存在であってほしかった。せめてどうか。どうか。咲ちゃんときわちゃんの残りの時間が希望に満ちていますように。

 

第8章 ODYSSEY
ー GRAND PARADE ー

またいつか劇場に甦る日まで

デュエットダンスを終えれば、残るは船員のみんな、そして神々たちと船長の到着を祝したご挨拶のみ。プロローグと同じく主題歌が歌われ、無事にODYSSEY号は停泊。時代や土地を股に掛けた遥かなる船旅を終えるのだ。

今日も最高の航海ができてよかったー。楽しかった。そんな想いでフラッグを振るとき、どうしようもなく劇場が愛おしくて、まるごと抱きしめたくてしょうがない気持ちになった。劇中はオペラで観たいところ、観たい人を寸分狂わず追っかけ回している私も、プロローグとパレードでフラッグを振るときだけは目の前に広がる空間のすべてを目に焼き付けたいのだ。

視界にはいる全部が途方もなく幸せで、周りで旗を振る客席の方々も、本舞台から光を放つ雪組生たちも、みんなまとめて運命の人だったんだなあと思ってしまうくらいには魔法がかかっている。私にとって野口先生の作品は、劇場という奇跡の場所がいかに自分にとって愛おしく大切なのか、その意義をいつも思い出させてくれる存在だ。

そして、咲ちゃん、きわちゃん、あーさちゃん、美穂さん。雪組のみなさん。舞台スタッフ、制作スタッフのみなさん。この厳しく険しい時代に誰よりも強く居続けてくれて、私たちの嬉しいも悲しいも全部背負ってくれて、希望だけを信じさせてくれて。本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。毎日順調に公演がやれるのか、自分がチケットを持っている日も持っていない日も正直気が気じゃなかった。いつも新幹線に乗っては劇団からの中止を知らせるLINEが来ていないかとそわそわ心配になった。劇場に行く、公演を観られるという当たり前が揺らいだときでも、幕が開けばODYSSEY号がそこにある。その心強さがどれだけのものだったのか、公演期間が終わったからこそ安心して息を吸って吐いて、確かめられる気がします。

BE REVIVED。何度でも、何があっても、この夏に海を渡った日々が甦り、勇気づけてくれる。大丈夫。また会おうね。