私が生きてこなかった人生

ためらわず踏み出してゆくわ

めいっぱーい!手いっぱーい!の愛をーー『フリー・コミティッド』

とうとう年内最後の観劇レビューです。11月後半を共にしたこの作品で幕を閉じたいと思います、フリーコミティッド!

 

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成河さんが38役(この再演では演出変更で何役か減っているらしい)を演じられる大変ボリューミーな一人芝居。マイ初日の観劇で私の頭の中もいっぱいいっぱいになり、その日はYouTubeに載せられている海外の方が演じられたバージョンも夜更かししてまるまる観ました。で、とんでもないことに気づいたのです。劇中何度も印象的に出てくる「めいっぱーい、手いっぱーい」という主人公サムのセリフ、つまりはこの作品のタイトルでもある"Fully Committed"というフレーズの訳なのですが、なんと英語版では"Fully committed."とサラッと、他のセリフと同じようにサラーっと流れるように言われているのです。お芝居を観た方、めちゃくちゃびっくりしませんか!?印象に残りすぎて「私でさえリズムに乗りながら手振りと一緒にできちゃうよ!?」と思いませんか!?もしかしたらあの動画より後に上演されたブロードウェイ版はまた違うのかもしれませんが、あまりの衝撃にもう本当にびっくりして、びっくりしてこんなツイートまでしてしまいました。

 

 

翻訳劇を観ていてせっかくの英語のリズムが崩れちゃうよな〜もったいないな〜みたいなことって割としょっちゅうあるけれど、「めいっぱーい、手いっぱーい」に関しては翻訳の方がリズムも出るし作品にまた一つコメディのエッセンスを追加することにもなっている。これほんっっっとすごいことですよ!偉業!翻訳は決して直訳じゃないと大学のころから耳が痛いほど聞いてきたけれど、意訳で原作を上回れることもあるんだ〜って新しい世界を見たようでした。しかも「めいっぱーい、手いっぱーい」を聞いた時点ですぐに"Fully Committed"ってことか!と頭の中で結びつかないのもすごい。「フルコミットする」ことと「(物語の舞台であるレストランが)満席である」こと、2つの意味がかかったフレーズの翻訳を一気に解決したのもすごい。翻訳のゴールは原語で観ている人と同じように楽しめることだから、観客がストーリーを追っているときに余計なことを意識させては負けだと考えています。その勝負にも圧勝した類稀に見る美しい訳なので、この部分以外も元の戯曲を読んで頭の中の日本語と照らし合わせたい。はぁ…うっとりした……。

 

ニューヨークあるあるな登場人物たちの特徴はもちろん、話の大筋についてもアメリカらしい"Victory"の物語から日本でやる意味を持たせるためにサムの成長のお話に軸を変えたとのこと。サムの成長というのは、周りからの鳴り止まない要求に応えていくだけではなくて、自分の欲も出したり、自分自身から選択したり、そういうことができるようになったことだと私は感じました。成河さんはサムの成長を「清濁併せ呑む」と表現されていたけれど、コネを使うとか、お金と引き換えにするとか、そういう選択だって自分の手で選べるようになったのが大きいのではないかなぁと。もっとわがままにだってなっていいし、サムの思うように自由に振る舞ってほしい。だってそっちの方が幸せだと思うから。自分自身にも一生懸命すぎるぐらいフルコミットしてほしい。ちなみにアフタトークやパンフレットでのお話を踏まえるとより初演の演出意図はこちらに近かったのかなぁと思った。前回は"アングラ"で"Noが言えるようになる成長"のタイプ、今回は"軽やか"で"清濁併せ呑めるようになる成長"のタイプらしい。同じ台本なので、もちろんどちらも要素として含まれてはいるのだろうけれど初演も観てみたかったな〜。とはいえ「究極のソーシャルディスタンス」の実現のために棚ぼたで今年フリコミが上演され、それを観られたことは本当に幸せなことでした。

 

そして翻訳や上演意図をはじめ、ここまで作り手の方々の誠実さが目に見えて、身に染みる作品というのは初めてだったかもしれません。本気で信用できるとはこのことかと。もっと言うと1人38役というとんでもない作品なのに、俳優ひとりとスタッフさんで実現させるなんて凄いもの観たわぁの感想が一番最初に出てこないんですよ。あくまで物語自体の話とか、作品の一要素とか、そういういつも通りの感想しか出てこない。パフォーマンスを見せるわけじゃなくて、芝居としてサムの成長を見せる。当たり前のことかもしれないけど、それでいてとても難しいことをさも平然と観客に与えてくれる。その誠実さに返せるような感想が今ちゃんと書けているのか、ほんの少し緊張すらしているのですけれど、誠実な作り手による愛のこもった温かい作品をプレゼントしてもらえて心から嬉しかったです。なんだか舞台の上手端にいるほんのりとした明かりに照らされたサンタさんが目に浮かんでしまう…。この酸いばかりを噛み続け、それでも前に進むこと選んだ1年の最後に表れた希望の光そのもののようでした。